平成26年10月2日更新
更新したものは斜字

丹原



 丹原地区にも江戸時代より西條型だんじりがあった。


 丹原の沿革
 松山藩初代藩主松平定行公が領内に3個の市場を設けた内の一つが丹原である。
 農村にある商家を廃して1地区に集めて商業町を計画的に創設したもので、1644年から1647年にかけて、今井村、池田村、願連寺村に接した場所に長さ4町奥行き60間の新しい在町づくりが行われた。
 丹原の由来は、江戸時代に新たに商業地として整備された町が、元は砂礫の原野(赤い土地)であったところに由来する。丹原の“丹”は赤いという意味である。 (丹頂鶴とか)
 
 西條藩の領地も丹原や壬生川等にあり周敷郡のうち田野・池田・井出・吉田・石井・神戸・餘戸の周敷村がそうであった
石高1841石、家数240軒、人口1154人と西條誌にある。天保13年(1842年)
 
 また同誌によれば周敷神社は西條六社の一つで祭礼は毎年九月十一日でだんじり五台が出ている

 明治初年 大字が村で28村あった
 明治23年、明治の大合併で福岡村、徳田村、田野村、中川村、桜木村の五村になる
 大正2年福岡村が丹原町になる
 昭和30年丹原町と徳田村が合併→丹原町
 昭和30年中川村と桜木村が合併→中川村
 昭和31年、昭和の大合併で丹原町と中川村、田野村が合併→丹原町
 平成16年、平成の大合併で西条市と東予市、丹原町、小松町が合併→西条市




屋台

             
     福岡八幡神社  10月15日16日    神紋左三巴  
      
西条市丹原町今井5

・今井     
前伊曾乃祭 下町南
・下町     
前伊曾乃祭 北の町中組         前の屋台 本町中野町(なかんちょう) 
・池田
       前石岡祭   下町 
・上町      前土居祭り蕪崎太鼓台をみこしに改造 
            


他に子供だんじりや子供太鼓台が複数ある


  戦前には屋台が上町、下町、久妙寺、願連寺、今井、池田と6台あった。

久妙寺、願連寺のだんじり復活が望まれます



     福岡八幡神社以外の例祭屋台



     綾延神社    10月第三金土日  日曜日の午後1時から宮出しで辻堂だんじり以外におみこしや殿中奴の奉納がある
        西条市丹原町田野上方1548

・田野上方  前石岡祭   末長     綾延神社氏子区域内ではあるが有志での運行で神社に奉納は現在のところされていない
・辻堂     前丹原祭  下町    平成25年より奉納     その前は伊曽乃祭 本町中野町(なかんちょう)

 江戸後期の嘉永年間には田野上方と北田野の2台のだんじりが奉納していた

 







・久枝 さいだ     前伊曾乃祭   下喜多川       (久枝は旧東予市だが、氏神さんの関係で丹原祭りに奉納)


辻堂屋台のなかん町時代、お旅所にて


 久枝みこし


福岡八幡神社 大鳥居
今井だんじり

池田





以前の下町屋台 平成25年より辻堂屋台
伊勢音頭丹原下町バージョン




動画

辻堂だんじりコカ・コーラ訪問

 




 (間違いや追加などがあればお知らせ下さい)




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